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岩木山神社


岩木山神社の創建年代は諸説があってはっきりとはしませんが、最も古い説では8世紀末に現在地に存在したとされています。
岩木山三所大権現を祀る下居宮と、その別当寺である百沢寺とが、明治の神仏分離まで同所に在り、弘前藩の歴代藩主から篤い信仰を受けていました。特に、三代信義公、四代信政公にかけては、百沢寺大堂(現・拝殿)や下居宮(現・本殿)を再建するなど、社殿の整備に力を注ぎました。明治以降は寺院は廃止され、津軽総鎮守・国幣小社岩木山神社と改められました。
鎌倉時代以降の密教道場の構造と桃山時代の精神を取り入れた絵様彫刻の極彩色の華麗な様相は、日光の東照宮に例えられ「奥日光」ともいわれます。特に岩木山を背景にしたたたずまいは荘厳な趣を感じさせます。
(本殿の一般拝殿は行っていません)

岩木山神社楼門/狛犬<
【岩木山神社楼門と狛犬】
上:岩木山神社本殿
【岩木山神社本殿】


写真:中門の装飾 【写真左:中門の装飾】
極彩色の彫刻で、浮彫り、透かしなど形象・色彩とも多用。 天井や軒等、目に止まりにくい場所をも優雅に飾っている。
楼門からの景色
【写真上:楼門】
楼門より石畳の参拝道を見下ろす。



高照神社


国重要文化財に指定されている高照神社には、津軽を統一した藩祖為信公と、名君と讃えられた四代信政公とが祀られています。
高照神社は、弘前藩四代藩主津軽信政公を神式で埋葬するために、遺言により五代藩主信寿公が、正徳元年(1711年)から正徳2年にかけて高岡に建立した神社です。
社殿の配置は、神道の一つである吉川神道の思想に基づき、東西方向に建物が一直線に並ぶ独特な構成で、国内で唯一現存する貴重な神社建築として高い評価を受けています。 境内の宝物殿には、為信公が豊臣秀吉から拝領したと伝えられる、「友成の太刀(重要文化財)」などが収蔵されています。

高照神社拝殿写真
【高照神社拝殿】
高照神社本殿写真
【高照神社本殿】