お城と桜とりんごのまち
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革秀寺


革秀寺は、為信公が禅宗の師である格翁の隠居寺として建立したという説と、二代目信枚公が為信追善のため、格翁禅師を開山として建立したという説があります。
革秀寺 極めて粗末な田舎の寺のように見えますが、曹洞宗本堂の古い様式を示すものとして国の重要文化財に指定されています。また、本堂の左側の木立の中にある極彩色が美しい藩祖為信公の霊廟も国の重要文化財で桃山風霊廟建築として県内最古のものです。
【写真左】革秀寺:
津軽為信公の菩提寺革秀寺は岩木川に近く、寺の前には見事な蓮池があります。

【写真右】革秀寺霊廟:
この霊廟は一度解体修理をし、その結果、屋根、彫刻、天井絵など多くのものが文化年間のものであることがわかりました。



熊野奥照神社


熊野奥照神社 熊野奥照神社は、奥尾崎(現津軽半島の小泊付近)に創設され、延暦7年(788年)扇野庄(現弘前市付近)に移建。大同2年(807年)には、坂上田村麿が蝦夷征伐にあたって祈願した神社といわれています。
現在の本殿は、慶長18年(1613年)二代藩主信枚公が再建。随所に室町から鎌倉時代の手法が見られ、屋根の妻の懸魚や桁隠という彫刻に珍しい点が見られます。
【写真】熊野奥照神社:
正面向拝の柱上部を横にわたした頭貫の彫刻などに、京都などに見られないかなり強い地方色が見られます。



東照宮


東照宮写真 江戸初期、各地に東照宮が造られましたが、弘前の東照宮は最も小型の東照宮といわれています。元和3年(1617年)二代藩主信枚公が弘前城本丸に勧請し、後に現在地へ移されたものです。正面の向拝が建物と同じ幅に造られ、寛永頃の特色を備えた3個の美しい蟇股を配してあるのが特徴。外観は素木造りで簡素ですが、鬼板や妻飾の蟇股に彫られた葵紋が本社の由緒を表しています。
【写真】東照宮:
日光の東照宮に比べると簡素ですが、徳川御三家に先行して造営された由緒ある建築です。



天満宮


天満宮写真 西茂森町の天満宮は、領内修験(山伏)の触頭を勤めてきた大行院のあったところです。明治5年(1872年)、修行廃止の命令が出て、大行院が廃止となり、急きょ愛宕山橋雲寺(旧岩木町)から菅原天神を移建して天満宮としました。天満宮は茂森町一帯の鎮守で、樹齢500年以上といわれる県天然記念物のシダレザクラがあります。
【写真】天満宮:
現在は木に隠れて見えませんが、西の方に岩木山と相対し、眼下に先達ヶ渕を見渡す景勝地でした。