お城と桜とりんごのまち
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弘前さくらまつり


天守と下乗橋



平成26年4月23日〜平成26年5月6日



   弘前公園の桜とさくらまつりの歴史   

写真:さくら 弘前に桜前線がやってくるのは、4月下旬頃。華やかな桜が老松の緑と見事なコントラストを描き、弘前公園中で美しく咲き競います。人々は、その桜の下で花に酔い、酒に酔い、津軽の春を満喫します。
夜になれば特別照明に照らされた桜が、お城を巡る濠の水面に浮かび、幻想的な風情を醸しだし、その美しさは訪れる人々を魅了します。

桜は、正徳5年(1715年)に、弘前藩士が京都から25本の苗木を持ち込み、城内に植えたのが始まりと伝えられています。
明治になって、荒れ果てた城内を見かねた旧藩士・菊池循衛が、明治15年(1882年)にソメイヨシノ(吉野桜)1,000本を植栽しましたが、「神聖な城内で平民こぞって桜見物など許さん」と、一部の士族の迫害を受け、苗木が抜かれたり枝が折られたりしました。しかし、それも沈静化し、明治30年に再び1,000本が植栽されました。 写真:大正7年の観桜会の様子

その後も市民の寄付などが続き、大正に入るとそれらがいっせいに咲き揃い、見事な風景を展開しました。
弘前市で大正5年(1916年)に始まった夜桜見物は大変な盛況でした。それを受け、大正7年からは商工会が「観桜会」としてスタートさせ、昭和36年(1961年)から名称を「弘前さくらまつり」と改め、今日に至っています。 写真:大正期の天守閣イルミネーション

大正8年(1919年)には、さまざまな出店が出現し、喫茶店、花見だんご、食堂、天幕張りのそば屋、また、見世物興行も小屋がけするようになり、津軽民謡、曲芸などで賑わいました。
昭和10年(1935年)になると、夜のイルミネーション照明から投光器に替えられ、天守や城門は、強烈な照明により自然の形を夜空に映すこととなったのです。終戦直後は、さくらまつりも一時中断されましたが、昭和22年(1947年)、再開されました。

昭和30年(1955年)、それまで観光バスが下乗橋を渡り、本丸まで乗り入れていましたが、当時の公園管理事務所長・工藤長政氏により、園内の入り口に馬車止めが設置されました。観光関係業者からは猛反対されましたが、桜の樹には、自然環境が一番大切だという、この時の英断が、今日の弘前公園のたぐいまれな自然を育んだといえましょう。 写真:昭和40年代の本丸観桜風景


桜アイコン   本丸と桜   桜アイコン

写真:桜に彩られた弘前城
桜に彩られた弘前城
写真:本丸のヤエベニシダレ
ソメイヨシノのあとはヤエベニシダレも
写真:桜の樹の下でのんびり
桜の樹の下でのんびり


桜アイコン   濠(ほり)と桜   桜アイコン

弘前公園の桜は、春と夏に、枯れ枝や病気の徹底除去、肥料を与えるなどの独自の手入れで、樹が若返り、その影響で枝が葉の重みで下へ伸びて行きます。秋がきて寒くなると木は固くなり、そのまま固まってしまうので雪の重みで押しつぶされることはありません。現在では濠(ほり)の水面間際まで枝が伸びており、水面に映る桜もまた格別です。
弘前城天守閣のある本丸のシダレザクラは当然のことながら、桜のトンネルのある西濠もまた見応え十分です。


写真:昼の西濠
ワシントンのポトマック河畔に似ているといわれる西濠
写真:花びらを敷き詰めたような濠
花びらを敷き詰めたような濠
写真:夜の西濠
ライトアップされた西濠と桜


桜アイコン   夜桜   桜アイコン

さくらまつり期間中、園内はライトアップされます。夜桜に彩られた園内は、昼の華やかさとは異なる、幻想的な表情を見せてくれます。
写真:ライトアップされた櫓
ライトアップされた天守
写真:家族で楽しむ夜桜も
家族で楽しむ夜桜も
写真:カップルで楽しむ夜桜も
カップルで楽しむ夜桜も


 問い合わせ先: 弘前市立観光館(電話0172-37-5501)
弘前市観光案内所(電話0172-26-3600)
観光政策課(電話0172-35-1128)