弘前公園

藩政時代、津軽家の居城であった弘前城は、現在、弘前公園として多くの市民や観光客に親しまれています。
また、藩政時代から引き継がれてきた貴重な文化財が多数存在する史跡でもあります。
【園内地図】 |
弘前公園は一部有料区域となっています。
有料区域や入園料、区域内の遺構などについては、「弘前公園有料区域」のページでご確認いただけます。
弘前公園有料区域 のページ◎ 安全に楽しんでいただくためにご理解・ご協力を
弘前公園では、ご来園の皆さんに安全に楽しんでいただくため、次のことを禁止しています。ご理解・ご協力をお願いします。
| ・ 公園内での火気の使用 |
| ・ 公園内への自動車・バイクの進入 |
| ・ 公園内へのペットの立ち入り (ほ助犬を除く) |
天守
![]() 【天守】 ![]() 【下乗橋】 |
天守は、もともと華麗な五層の天守で、本丸西南隅にありました。寛永4年(1627年)に落雷で焼失し、再建しようとしましたが、当時の法律「武家諸法度」では天守の新築を禁じていたため、やむなく隅櫓の名目で幕府の許可を得て、今の三層の天守にしたのだそうです。 弘前の天守は、江戸時代に再建された天守としては関東以北唯一のもので、現在でも弘前のシンボルとして人々に親しまれています。 なお、天守で起こった火災の原因は、城のシンボルとしてそびえ立つ鯱に雷が落ちたと伝えられていますが、一説によると三層目にある釣鐘が過熱し、二層目の天井を突き抜け落下、火薬に火がつき天守もろとも大爆発したともいわれています。 天守(本丸)と二の丸を橋つなぐ橋を「下乗橋」といいますが、この名は、藩主と藩主から許された者以外は、誰でも乗り物から降りて歩いて渡らなければならなかったことからついたものです。 |
| 【動画】 動画アイコンをクリックすると本丸の紹介動画をご覧いただけます。 ご覧いただく際は音量にご注意ください。 (WMV形式 1.83メガバイト) |
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3つの櫓
隅櫓とは城郭の角に立つ櫓で、これには矢狭間・鉄砲狭間・石落としなどがついているのが普通ですが、弘前城には石落としの装置がないのが特徴で、物見の役に立つよう造られたものです。3棟とも良く似た格好ですが、窓のかたちや妻の構造など細部の造り方が少しずつ違っています。
現存する3つの櫓はいずれも二の丸にあり、南内門をくぐって左が未申櫓、右が辰巳櫓、児童遊園地のそばにあるのが丑寅櫓です。
弘前城には、現存する3棟のほかに、北の丸に子の櫓、西の郭に未申櫓と、2棟の櫓があったそうです。しかし、明治39年、同じ年に2棟も焼失しており、不思議な因縁を感じます。
![]() 【丑寅櫓】 |
![]() 【辰巳櫓】 |
![]() 【未申櫓】 |
| 【動画】 動画アイコンをクリックすると3つの櫓の紹介動画をご覧いただけます。 ご覧いただく際は音量にご注意ください。 (WMV形式 2.75メガバイト) |
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5つの門
建築年代を示す明確な資料はありませんが、いずれも江戸初期のものと考えられます。
城門は、雪を考慮してか、一重目の軒が城門としては少し高く、屋根の軒が直線的であるなど、構造に配慮や工夫がみられます。
これらの城門の特徴は、それぞれ「桝形」と呼ばれる虎口が2つあることです。門の前側にある桝形(外桝形)、後側にある桝形(内桝形)が、城門と土手で囲んで「コの字」形をつくることで敵の直進をいったん阻み、そこに入った敵を全滅させるという仕組みになっているようです。
一般には城の正面城門を「大手門」と呼びますが、弘前城の場合は「追手門」と呼ばれています。
「追手門」は市役所前にある門で、現在は弘前公園の正面入口となっていますが、築城当時の弘前城は北向きの城であったため、北の正面にあたる、現在の北門(亀甲門)が追手門と呼ばれていたそうです。
現在5つの城門は、国の重要文化財になっています。
![]() 【北門(亀甲門)】 |
![]() 【南内門】 |
![]() 【東内門】 |
![]() 【追手門】 |
![]() 【東門】 |
西濠
![]() 【夜の西濠】 |
公園の西端には、ワシントンのポトマックによく似ているといわれる西濠があります。 両岸には桜の木がアーチ状に植えられ、春には静かな水面を眺めながら、延々と続く桜のトンネルを散歩したり、ボートから両岸に咲き誇る桜と、水面に映る桜の姿を楽しむのも格別です。 濠には白鳥やカモが住んでいて、初夏には親子仲良く水面を滑る姿を見ることができます。 また、夜の西濠も趣きがあり、ライトアップされた桜は、見る人を幻想的な世界へと誘います。 |
| 【動画】 動画アイコンをクリックすると西濠の紹介動画をご覧いただけます。 ご覧いただく際は音量にご注意ください。 (WMV形式 1.87メガバイト) |
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石碑
![]() 【西舘孤清の石碑】 |
園内には先人の功績をたたえる記念碑や文学碑、歌碑など、数多くの石碑が点在しています。多くの人たちの手によって守り継がれてきた、園内にたたずむ石碑の一つ一つは、弘前の歩んできた歴史を語りかけてきます。
園内の石碑については「弘前公園の石碑めぐり」のページでくわしく紹介しています。 弘前公園の石碑めぐり のページ |
弘前城植物園
![]() 【ハンカチツリーの花】 ![]() 【大石武学流庭園】 |
三の丸一帯12ヘクタールは、廃藩置県後、兵部省(後の陸軍省)の管轄となり、戦後は弘前大学教育学部の敷地でした。 現在の植物園は、弘前大学の移転にともない、都市緑化植物園の整備を進め、昭和63年5月に開園したものです。 園内には1,500種、12万4,000本の樹木などを用途別に植えています。世界各地の高山植物を集めたロックガーデン、季節の移り変わりを感じとれる花ごよみの径など、23ヶ所で四季折々の草花が楽しめます。 また、三の丸庭園や大石武学流庭園などの庭園もあり、散策を楽しむことができます。 |
弘前市立博物館
![]() 【弘前市立博物館】 |
弘前市立博物館は津軽藩政時代の要となった公園内三の丸の一角に、老い松に囲まれて荘重なたたずまいを見せています。 津軽藩政時代を中心とした歴史資料や美術工芸資料を展示しているほか、津軽の風土・伝統に培われた文化など、残された貴重な資料や文化遺産などの各種企画展を展示公開し、津軽地域の文化向上に寄与しています。 建築は、日本近代建築の巨匠である前川國男の手によるもので、平成10年、公共建築百選に選ばれました。 |
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