お城とさくらとりんごのまち
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体験観光


津軽藩ねぷた村 【写真】
一年を通して多くの観光客が訪れる「津軽藩ねぷた村」

金魚ねぷた


金魚ねぷたの絵付け
【金魚ねぷたの絵付け】
金魚ねぷたは組ねぷたの原形であるといわれています。骨組は、昔は竹だけで作っていましたが、今は針金でも作られています。昔から幸福をもたらすものとして、庶民に喜ばれてきた津軽錦と呼ばれる金魚を巧みにかたどったものです。赤い色と愛敬のある顔が、かわいらしい民芸品で、骨組、紙張り、墨書き、ろう入れ、色付けの順で行われます。体験観光では一番人気があります。



あけびつる細工


ここでいう「あけび」というのは、「ミツバアケビ」のことで、山などに自生しているものを利用します。昔の製品は、背負って歩くための大きなかご状のものが主でしたが、最近では観光客用に小物も作られるようになりました。干したあけびつるを水で濡らしながら編む手法で作られます。これはあけびの皮を剥がす事が少ないため、丈夫で使う毎に渋い黒味とツヤが出てきます。
体験では壁掛けや釜敷きなどを作ります。昔の人々の知恵を実感できる体験です。



津軽凧絵


津軽の凧は、日本三代凧のひとつ(他に長崎の連凧、白根の大凧)で、竹ではなく津軽特産のヒバ材の骨組を使うところに大きな特徴があります。
凧絵が「武者」中心になったのは、明治以降のことで、その画風は葛飾北斎の影響を強く受けています。この凧絵を確立したのは柴田某で、小田桐岩蔵によって完成されました。岩蔵は柴田の影響を強く受け、新しい題材を多く開拓し、役者絵なども描いていましたが、中国の武者絵にたどりつきました。
津軽凧の絵付け
【津軽凧の絵付け】
凧絵の醍醐味は、絵があまりうまくなくても自分で作った凧を大空に揚げることにあります。最高に気持ちの良いものです。



ねぷた絵


明治20年代を境に、時代の風潮を反映して、「三国志」や「水滸伝」、日本の「歴史もの」に題材を求め、武者絵が多く描かれるようになったのは、凧絵の場合と類似しています。体験では、ミニチュアの扇ねぷたを製作します。あなたも大ねぷたの絵を描く気分で挑戦してみませんか。

ねぷた絵 【写真左】
扇ねぷた(ミニチュア)の絵付け。
【写真右】
津軽藩ねぷた村では、様々なねぷたの展示はもちろんのこと、その歴史や伝統工芸品など、津軽の色々を知ることができる。



下川原焼(鳩笛)絵付け


津軽の中心都市、弘前で藩政時代に生まれ、今にそのかたちを留めているもののひとつに、下川原人形があります。
江戸時代の末期、領内の子供たちの遊び玩具として作られたのが始まりとされています。その土人形には、津軽の庶民生活の味わいが、純朴で単純化された形、鮮やかな色彩にうまく表現されています。
ハト笛の絵付けは、その人によって様々に表現が変わるため、ひとつとして同じ物がなく、味わいが各々に異なります。



津軽焼


陶芸の少ない東北地方で、古い歴史を持つ貴重な焼物といえます。元禄元年(1692年)に藩窯が開かれました。現在の津軽焼は昭和11年に再興したもので、天目釉(黒釉)やりんごの木灰を材料とする「りんご釉」などが使用され、独特な色合いの中に素朴でいながら、味わい深さを感じさせます。
体験では、最初からロクロを回して作ることもできますが、素焼きしてあるものに絵付けをするものが多くなってきています。



こけし・こま


津軽のこけしは木地師の系統から、黒石市の「温湯」と「大鰐」に分けられ、いずれも素朴で、上品で無邪気な顔立ちが特徴といえます。
津軽特産のこまは「ずぐり」と呼ばれ、木地をくりぬいたところが特徴です。体験では、「ずぐり」ではなく「吊りこま」というこまを使用しますが、作り手の個性が表れる手頃な体験です。



津軽天然藍染


四代藩主信政の頃、城の西方に百軒あまりの紺屋があったと記録されています。染め方の種類はいくつかあり、型を利用した「型染」、いろんな形の板を利用した「板締め」、布をつまんでひねり、それをほどけないようにかごに詰めて染める「籠染」などがあります。あまり難しくはないので、自分の手で染めたハンカチなどを、お土産にいかがでしょうか 。