国の重要文化財に指定されている天守や櫓、城門は、昭和30~40年代の保存修理工事から、約70年の歳月が経ち、各部材に傷みが見られるようになったことから、耐震補強を含めた「令和の修理」として、重要文化財9棟の修理を順次進めており、令和3~4(2021~2022)年度には、二の丸南門と三の丸追手門の保存修理工事を行いました。
令和7~8(2025~2026)年度では、二の丸東門と北の郭北門の保存修理工事を計画し、令和7年9月に着工したもので、令和8年6月末時点の進捗状況をお知らせします。
なお、二の丸東門と北の郭北門については、弘前城かわら版
vol.14(二の丸東門)・vol.15(北の郭北門)をご覧ください。
また、工事内容については、本ホームページトップ下段の工事内容
をご覧ください。
白漆喰を剥がした後、土壁の傷みの激しい箇所を取外し、土壁の内側の「小舞」部分に新たに土壁補修を行いました。この後、白漆喰を塗って壁を仕上げます。
写真左:1階壁の土壁と小舞
写真右:小舞部分補修後
二の丸東門では、昭和32~33年(1957~1958)の保存修理工事の際に文化12年(1815)以降の銅板を再利用したこともあり、2階北面は銅板や下地木部の腐朽が進行してとくに傷みが激しいものとなっていました。傷みの激しい部材は取替え補修して屋根の葺替を行います。また、令和6~7年の年末年始の豪雪によるマツの倒木で破損した箇所(2階南面)も今回の保存修理工事で修理します。
写真左上:銅板解体前の2階北面(令和7年11月27日時点)
写真右上:銅板解体後の2階北面(2月4日時点)
写真左下:屋根下地解体後の2階北面(6月8日時点)
写真右下:屋根下地解体後の2階南面被災箇所




写真左上:2階北東角解体状況と部材の画像
写真右上:2階南面の被災箇所裏側の様子(令和7年8月22日時点)
写真左下:2階南面の解体状況と部材
写真右下:2階北面軒先解体状況と部材
【部材名称解説】
棟木(むなぎ)…屋根の頂部の横架材。
桁(けた)…柱を長軸方向でつなぐ棟木と水平方向の横架材。
梁(はり)…柱を短軸方向でつなぐ桁と直交する横架材。
敷桁(しきげた)…小屋梁等を受ける横架材。
小屋梁(こやばり)…敷桁に載り、屋根荷重を受ける横架材。
母屋(もや)…垂木を支える横架材。
鼻母屋(はなもや)…軒に最も近い母屋。端母屋(はしもや)とも。
垂木(たるき)…棟木から軒桁にかけて配置する斜架材。
化粧裏板(けしょううらいた)…垂木の上に敷く板で屋根材を支える横架材。野地板とも。
茅負(かやおい)…軒先の構造的な安定性を高める垂木端部への横架材。
裏甲(うらごう)…茅負の上に載せる横架材(化粧材)。
置母屋(おきもや)…平板や丸棒を支える横架材。
丸棒(まるぼう)…銅瓦の丸瓦に相当する部分の下地木部。
平板(ひらいた)…銅瓦の平瓦に相当する部分の下地木部。
出窓庇(でまどひさし)…2階の出窓の屋根状のもの。
門の扉等に付けられている金物の錆落としを行っています。昭和31~32年(1956~1957)の保存修理工事の際に、防錆としてタールを塗布していたことがわかっています。今回は、錆落としとともにタールを剥がし、替わりに防錆として漆を塗布することとしています。
写真左上:金物(乳金物)の研磨・錆落とし
写真右上:タール等除去後(中央部分、写真上下の黒色がタール付着部分)
写真左下:漆塗布後
北の郭北門では、昭和31~32年(1956~1957)の保存修理工事において柱や梁桁等の軸組及び小屋組以外をほとんど解体して修理しています。屋根の銅板もすべて葺き替えられています。そのため、二の丸東門よりも下地木部の腐朽があまり見られないため、軒先部分の補修に留まっています。写真の軒先の白い部分(白木)が修理箇所です。
写真左上:2階西面屋根木地補修後
写真右上:2階東面屋根木地補修後
写真左下:2階南面屋根木地補修後
写真右下:2階北面屋根木地補修後
突風や竜巻等による転倒や浮き上がりを防ぐため、地下部分への耐震対策を講じます。城門の土台下にコンクリートのおもり(カウンターウェイト)を設置し、城門の土台と連結させて足元を強化するものです。現在、地面や木部材の養生を行い、基礎コンクリートの設置や鉄筋の配筋、鉄筋部への生コンクリート流し込みを行っています。今後、城門へ連結させるおもりを取付けます。
写真左上:城門北側配筋状況
写真右上:城門南側配筋状況
写真左中:城門北側生コンクリート打設状況
写真右中:城門南側生コンクリート打設状況
写真左下:【参考】三の丸追手門の耐震対策の様子(令和4年撮影)