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革秀寺本堂・津軽為信霊屋

革秀寺本堂・津軽為信霊屋

【重要文化財】

 

 

 

革秀寺は、藩祖為信を開基、格翁(かくおう)和尚を開山として、慶長13年(1608年)二代藩主信枚により現在地に創建されたと伝えられる。現在の本堂は江戸時代初期の建築と思われるが、慶長15年(1610年)の建立であるという記録と建立後ほどなく焼失し再建したという記録があり、建築年は定かでない。

 

 
【革秀寺本堂】
よみがな
かくしゅうじほんどう
員数
1棟
文化財の概要
桁行九間、梁間八間、背面庇付、一重、入母屋造、茅葺、正面玄関及び両側面庇附属
指定年月日
平成5年8月17日
所在地
弘前市大字藤代一丁目
所有者・管理者
革秀寺
 
内部は、正面一間を土間とし、一間幅の板張の廊下をおいて外陣、内陣と続く。内陣の背面には、渡廊下で藩祖の位牌堂が接続している。内陣は板張で、来迎柱(らいごうばしら)上に組物をのせ、来迎柱前面に須弥壇(しゅみだん)を置いている。十七世紀初頭の当地方における曹洞宗寺院
本堂の遺例として、重要な存在である。

 


 

 

 

 

【津軽為信霊屋】

 

よみがな
つがるためのぶたまや
員数
1棟
文化財の概要
桁行一間、梁間一間、一重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風付、こけら葺
指定年月日
昭和28年11月14日
所在地
弘前市大字藤代一丁目
所有者・管理者
革秀寺
 
藩祖為信の霊屋(たまや)は、はじめ死亡した翌年慶長13年(1608年)に建てられたとの記録があるが、現在の霊屋はその後に建立されたものと思われる。
建物は土塁と土塀で二重に囲まれ、基壇上に東面して建つ。柱は丸柱で板壁とし、組物は和様平三斗(ひらみつど)中備撥束(なかぞなえばちづか)となっている。内部は、壁に板卒塔婆が張り巡らされ、宝篋印塔(ほうきょういんとう)が安置されている。彩色には内外とも漆が多用され、妻飾や柱上部、天井などが極彩色であるほか、桟唐戸の草花密陀絵(みつだえ)、外壁に金箔押の津軽家牡丹紋が描かれている。
江戸初期の建立時は質素であったが、文化年間の修理で今のように華麗な姿となった。

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