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餓死供養名号塔・餓死供養題目塔

餓死供養名号塔・餓死供養題目塔

【市指定有形文化財】

 

餓死供養名号塔(表)
餓死供養名号塔(裏)

 

 

餓死供養題目塔

 

 
よみがな
がしくようみょうごうとう・がしくようだいもくとう
員数
【餓死供養名号塔】 1基
【餓死供養題目塔】 1基
文化財の概要
 
指定年月日
平成2年10月20日
所在地
弘前市大字東和徳町
所有者・管理者
専修寺
 
餓死供養名号塔
嘉永六年癸丑八月吉祥日の紀年銘あり。
総高3.87メートル(塔身336センチメートル、台座51センチメートル)、石質は安山岩、形状は自然石塔婆である。
この塔は、天保の飢饉の餓死者の供養のため、嘉永6年(1853年)和徳町有志等を発願主に三國屋久左衛門の資金援助により専修庵(当時)に建立したものである。碑面正面に六字名号(南無阿弥陀仏)を、裏面に石を運んだ人員(41町村・6,390人)を刻む。
石は、目屋の杭止(くいと)(ぶち)より女性の髪を編んだ縄を引綱とし運ばれたと伝えられ、餓死供養塔としては稀有の巨石である。
 
餓死供養題目塔
享保二丁酉年八月二十七日の紀年銘あり。
総高1.58メートル(竿92センチメートル、笠20センチメートル、基壇46センチメートル)、石質は安山岩の笠塔婆である。正面に鬚題目(ひげだいもく)(南無妙法蓮華経)を、裏面に享保2年(1717年)の紀年銘を刻み、元禄の大飢饉のための供養塔と思われる。
津軽地方は、たびたび飢饉に見舞われ、特に、元禄・宝暦・天明・天保年間は大飢饉となり多数の餓死者を出し、津軽の四大飢饉と言われている。
専修庵(寺)付近は、施行(せぎょう)((すくい))小屋が設けられ、また、餓死者を埋葬した場所とも伝えられていることから、非業の死を遂げた人々を共同で供養した篤い信仰心を知ることができ、歴史及び民俗資料としても貴重である。
 

問い合わせ先

担当 文化財課

電話 0172-82-1642

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