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遺跡の全容

環状列石[かんじょうれっせき]

環状列石の構築が始まった時期は、出土遺物から縄文時代晩期初め頃(約3,200年前)と想定されており、盛土層に伴う土器や周辺の遺構の時期から、晩期中頃(約3,000年前)にかけて構築されたようです。

 

大きさは、長径(南西-北東方向)48.5m、短径(南東-北西方向)39.1mで、やや不整な楕円形を呈しています。

使われた石材は、岩木山より噴出した火山岩である輝石安山岩[きせきあんざんがん]を主体としており、遺跡の両側を流れる大石川と大森川から運ばれたものです。

使われた石の総数は、約1,200個で、大きさは直径0.5~1.0mほどです。

円環は組石(10数個程度の石の集まり)77基で構成されており、直線状、円状、弧状などの6種類に分類することができます。

 

組石の下や環状列石内部からは円盤状石製品[えんばんじょうせきせいひん]を除き、遺物はほとんど出土していません。また、集団のお墓を伴う縄文時代後期の環状列石とは異なり、組石の下や環状列石の内部からは土坑[どこう]やお墓などの痕跡も発見されていません。

このことから、当時は、環状列石自体は神聖な場所として、遺跡内で様々なおまつりを行っていたものと考えられています。

真上から見た環状列石(2007年、写真下が北)
真上から見た環状列石(2007年、写真下が北)
環状列石と岩木山(2007年、北東から)
環状列石と岩木山(2007年、北東から)
集石状に配置された組石(2007年、南西から、1号組石)
集石状に配置された組石(2007年、南西から)
列状に配置された組石(2007年、南西から、72号組石)
列状に配置された組石(2007年、南西から)
放射状に配置された組石(2007年、南西から、2・3号組石)
円状に配置された組石(2007年、南西から)
円盤状石製品
円盤状石製品

 

大型竪穴建物跡[おおがたたてあなたてものあと]

大型竪穴建物跡は直径約13m(面積約150平方メートル)で、4本の主柱穴のほか、中央から石組炉[いしぐみろ]が発見されました。環状列石の南西約100mの位置にあり、遺跡内で唯一見つかった建物跡です。

 

縄文時代中期終わり頃から晩期[ばんき]中頃にかけての土器、石鏃[せきぞく]・石匙[いしさじ]などの石器、石棒・円盤状石製品などの石製品が出土していますが、主体を占める土器の様相から晩期初め頃に廃絶したものと考えられています。

 

1棟だけ見つかったこの大型の建物は、集会所や特別な人の住居など、特別な機能を持っていたようです。

遺跡からはその他に人が居住した跡が見つかっていないことや、同時期の遺跡がやや標高の下った地域(現在の県道弘前鰺ヶ沢線周辺)に集中し、遺跡の近隣ではほとんど見つかっていないことから、環状列石は大森勝山遺跡からやや離れた村々の人々が集まってきて作られたと考えられています。

竪穴建物跡の調査風景(1959年、南西から)
竪穴建物跡の調査風景(1959年、南西から)
竪穴建物跡全景(1959年、北西から)
竪穴建物跡全景(1959年、北西から)

 

土器埋設遺構[どきまいせついこう]

環状列石と竪穴建物跡の間で、縄文時代晩期中頃の深鉢形土器を埋めた土器埋設遺構が発見されました。

出土状況や土器の内容土の分析結果、そして他の遺跡の調査事例などから、子どものお墓として使用された可能性が高いようです。

土器埋設遺構検出状況(2008年、北東から)
土器埋設遺構検出状況(2008年、北東から)
土器埋設遺構断面(2008年、北西から)
土器埋設遺構断面(2008年、北西から)

 

屋外炉[おくがいろ]

環状列石の周辺で、石組炉[いしぐみろ]が3基発見されました。

この炉の周辺では炉に伴う柱穴などが発見されていないことから、屋根を伴わない屋外炉として機能していたものと考えられています。

屋外炉検出状況(2008年、北東から)
屋外炉検出状況(2008年、北東から)
屋外炉断面(2008年、南東から)
屋外炉断面(2008年、南東から)

 

捨て場[すてば]

捨て場は台地東端の斜面で発見されました。ここからは土器、石器、石製品、土製品など、さまざまな遺物が大量に出土しています。

出土した土器の様相から、晩期初め頃(大洞[おおぼら]B1式期、約3,200年前)から晩期中頃(大洞C1式期、約3,000年前)にかけて捨てられていたものと考えられています。

捨て場全景(2008年、北東から)
捨て場全景(2008年、北東から)
注口土器(2008年、南東から、大洞BC式)
注口土器(2008年、南東から、大洞BC式)
土製品 土偶(2008年、南東から)
土製品 土偶(2008年、南東から)
小形壺型土器(2008年、東から)
小型壺形土器(2008年、東から)
鉢形土器(2008年、北から)
鉢形土器(2008年、北から)
 

 

集石遺構[しゅうせきいこう]

環状列石の周辺では、小型の土器が出土した土坑を伴う集石遺構(石が集められた跡)が見つかっています。
使われた石は、人頭大の丸い石と一辺50cm 前後の扁平で角ばった石を用いています。
この石の下には穴があり、完全な形の小型の土器が1点出土しています。

 

この土坑は、出土状況から墓穴として使用された可能性があると考えられています。

環状列石の組石の下からは、同じような穴は見つかっていません。

集石遺構(1961年、北東から)

集石遺構(1961年、北東から)

出土した旧石器

遺跡北東部から、縄文時代よりも古い時代である旧石器時代のナイフ形の石器など、石の道具(旧石器)が10点出土しています。

この旧石器は、発掘調査では県内で最初に確認されたものであり、県重宝(考古資料)に指定されています。

弘前の文化財「大森勝山遺跡出土の旧石器」このリンクは別ウィンドウで開きます

大森勝山遺跡出土の旧石器
大森勝山遺跡出土の旧石器

冬至と大森勝山遺跡

大森勝山遺跡では、冬至(12月下旬)に岩木山山頂に沈む夕日を望むことができます。

当時の人々もこの景色を見ていたのかもしれません。

※現在、遺跡へ至る道路、駐車スペース、遺跡内の除雪は行っておりません。

岩木山山頂に沈む夕日(2016年、南東から)

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